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オペラ夏の祭典2019-20 Japan-Tokyo-World

『トゥーランドット』を紐解く ―大野和士、バルセロナ交響楽団を中心に

◆いよいよ7月12日に東京文化会館で開幕する、オペラ夏の祭典2019-20 Japan↔Tokyo↔World『トゥーランドット』。

2020年に向けて、日本オペラ界が総力を結集し新制作する本作が、一体どのようにスペシャルなのか。

大野和士、バルセロナ交響楽団などを切り口として、音楽ジャーナリストの平末広氏に紐解いてもらいました。

 

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◎はじめに

2020年のオリンピック・パラリンピック開催を見据えた国際的なオペラ・プロジェクト「オペラ夏の祭典2019-20 Japan↔Tokyo↔World」の第1回「トゥーランドット」の公演がいよいよ7月12日に東京文化会館でプレミエを迎える。

オペラ上演の成功は、演出家、指揮者、歌手、オーケストラがうまく揃う必要があって、欧米の名門歌劇場はその4者をいかにうまく組み合わせるかが劇場=インテンダント(総裁・総監督)の手腕を測るバロメーターになり、劇場もそれに腐心する。

今回はその4つが高い次元で揃っているというのが大きな注目点だが、世界的な評価を受けていながら、日本でのオペラ演出が、パリ・オペラ座の来日公演でのバルトーク「青ひげ公の城」、ヤナーチェク「消えた男の日記」やサントリーホール・サマー・フェスティバルでクセナキスの「オレステイア」などあまり多くないオリエの演出や、24年ぶりの来日となるバルセロナ交響楽団など、日本の聴衆にはあまり知られていないものもある。

 

 

◎大野が進化させるスペインを代表するオーケストラ、バルセロナ響

この5月の24~26日にスペインのバルセロナで行われたバルセロナ交響楽団の定期演奏会で「トゥーランドット」の演奏会形式上演は、日本の聴衆には未知のこのオーケストラがどのような演奏をするかに注目が集まった。その出来が今回の「トゥーランドット」の成功の大きな部分を担っているからだ。

バルセロナ響の本拠であるラウディトリ(L’AUDITORI)は、この都市の象徴的存在とも言える。ガウディの設計で今も建設が続く「サグラダ・ファミリア教会」の南約1キロメートルにある1999年に完成した本格的な音楽ホールで、大ホールにはこの都市のあるカタルーニャ地方を代表するチェロ奏者パブロ・カザルスの名を冠して「PAU CASALS」となっている。

同響は、エドゥアルト・トルドラによって44年に設立された。彼はこの地でカザルスが組織したオーケストラで1924年から36年までコンサートマスターと副指揮者を務め、その後は43年にバルセロナ市立オーケストラの指揮者を務めていた音楽界の象徴的存在。また同響はラウディトリの完成前は世界遺産のカタルーニャ音楽堂を本拠にしていたという。

レパートリーは、バロック音楽から現代音楽まで幅広く、カタルーニャ地方の作曲家の作品の紹介にも力を入れている。それは、モンセルバーチェの「地中海交響曲」、モンポウのショパンの主題による変奏曲などを初演、また、NAXOSレーベルにグラナドスの管弦楽集を録音し、今回の日本ツアーで取り上げるサントコフスキー(1989〜)も同地の出身の逸材であることからもわかる。

国外ツアーも積極的に行い、カーネギーホールでの演奏やヨーロッパ・ツアーなども行われたほか、BBCプロムスなどにも招待されるなど、国際的に知られたスペインを代表するオーケストラとして活動している。

歴代の音楽監督は前述のトルドラをはじめ、アントニ・ロス=マルバ、ガルシア・ナバロ、ローレンス・フォスター、パブロ・ゴンザレス、大植英次などがこれまで務め、2015年9月から大野がその任にある。

ディスクでも女優のマリオン・コティヤールが出演したオネゲル「火刑台上のジャンヌ・ダルク」のDVD(指揮はマルク・スーストロ)や大野とのコンビでの初CD、ショスタコーヴィチの交響曲第13番「バビヤール」などがあるが、これらのディスクからは個々の奏者の高い技術と同時に、大野が就任してからは歌心も備えた高い音楽性が感じられる。

バルセロナ交響楽団 ©Igor Cortadellas

 

 

◎欧州で評価の高い大野指揮イタリア・オペラがなぜか日本では久々の上演

大野和士の指揮するイタリア・オペラは、モネ劇場でのヴェルディ「ファルスタッフ」、レオンカヴァッロ「道化師」、音楽総監督としての最後の公演で指揮したヴェルディ「運命の力」、リヨン国立歌劇場でのヴェルディ「マクベス」、プッチーニ「マノン・レスコー」などが上演され、いずれも最高級の評価を受けている。それ以前には日本で東京フィルのオペラ・コンチェルタンテや二期会の公演などでもイタリア・オペラは高い評価を受けていたが、なんと日本でのイタリア・オペラ指揮は、この20年ほど行われていない。ただ、この20年間に名門歌劇場で進化した大野のイタリア・オペラを聴くことができるはずで、初体験の聴衆も少なからずいると考えられる。

 

 

◎プッチーニの「トゥーランドット」に潜む「黒くて赤い」世界

「トゥーランドット」の音楽について、大野は「東京都交響楽団でのプログラミングなどにも関係するのですが、第1次世界大戦を経験した作曲家たちが、何をその後に作り出すことができたのか、というテーマに結びつきます」と東京での彼の思考との連関が、この作品を見る側の意識を発展させる可能性を示唆する。

「その後、プッチーニにしてみれば、新しい道・方向を探っていたのですが、彼は器用な人間ではなかったので、ストラヴィンスキーやショスタコーヴィチなどのように自分の音楽を変えることができなかったということで、大きなスランプに見舞われ「ジャンニ・スキッキ」で、作品を書くことができなくなってしまう。その5年ほどのブランクを経て書かれたのが、白鳥の歌になってしまったこの作品ですが、そこには複調や激しい不協和音やイタリア人特有の喜劇のコメディア・デラルテを一緒にしたスタイルが見られ、まさにイタリア人ならではのモダニズムを達成した。惜しむらくは、最後まで完成して欲しかった」と続ける。

また、このオペラはそれまでのプッチーニの作品とは違った”死”を感じさせる異様さも持ち合わせているという。「第1次世界大戦の前には、あれだけロマンを語った人たちが、大量虐殺を目にする。親戚も殺されているし、その中で彼自身の人間としての自己も破壊されてしまい、その影響が見られるのがこのオペラで、特に第1幕は「黒くて赤い」。現実にイタリアで見た殺戮の場が「トゥーランドット」を一味違う作品にしているのです。20世紀のモダニズムでここからダラピッコラの「囚われ人」などの作品が生まれてくるわけです」

 

 

大野の求める饒舌な音の世界を描きだすバルセロナ響

「バルセロナ響は、普段はあまりオペラを演奏しないのですが、今回は時間をかけて練習を積んできた」と大野が語るように、この日のバルセロナ響は、作品冒頭のオーケストラのただならぬ雰囲気のトゥッティの響きから、聴衆はその世界にひきこまれていく。演奏会形式なので大きな流れとその背後にある細かな音の動きが、死と狂気が支配する緊張した空間を作り上げ、そこにリューのカラフに対する愛や、自らの運命に挑戦するカラフの謎解き、さらに「誰も寝てはならぬ」の美しさ、続く美女と財宝の艶かしさと色彩感に満ちた響き、哀切なリューのアリアと死、そして終結部の盛り上がりまで、ともすれば大味な音の塊が支配するこの作品が、実は饒舌なオーケストレーションの上に成り立っていることを改めて認識させてくれ、重量級の歌と対峙するオーケストラの関係も公演の大きな見どころだ。

『トゥーランドット』リハーサルでピットに入るバルセロナ交響楽団@東京文化会館

 

 

◎大臣ピン、パン、ポンがこの歌劇で果たす役割の重要性

トゥーランドット姫の持つ緊張して殺気だった世界と対照的なのが、世をはかなみ、故郷と過去を懐かしむ叙情的でコミカルな3人の大臣、ピン、パン、ポンのシーンだが、「この部分もカルロ・ゴッツィの原作の中で彼らが故郷を思い歌うところ、いまは単なる首切り役人に成り下がって嘆いているところなど、いろんな要素がコメディア・デラルテの喜劇として収まっています。そこにお伽話的な、先代からの呪いをトラウマとして持っているトゥーランドット姫と王子カラフのメルヒェンの世界が合わさる。つまりメルヒェンとコメディア・デラルテが一つの作品として結びついているのです。

これもそれまでのプッチーニ作品にはなかった新しい要素を備えた重要な部分なので、ピン、パン、ポン役には役者の側面も必要なので発音からリハーサルをやり直しましたが、今回の公演で彼らに大きな拍手が送られていたのが嬉しい。日本公演でもこの部分は重視してやって行くつもりです」と大野は語る。日本公演では、芸達者な歌手が挑むだけに期待は大きい。

 

 

現代屈指のトゥーランドット歌い、ジェニファー・ウィルソン

今回(5月24日~26日のバルセロナ公演)の「トゥーランドット」の大きな話題の一つが、東京でも表題役を歌うジェニファー・ウィルソンの出演だ。

アメリカ生まれで、2002年にコネチカット・オペラの「トゥーランドット」のタイトルロールでデビュー、その後も同役を英国ロイヤル・オペラ、メトロポリタン歌劇場、バイエルン州立歌劇場などの名門歌劇場で演じた「トゥーランドット」歌い。日本では新国立劇場「さまよえるオランダ人」のゼンタ役の圧倒的な歌唱で聴衆を唸らせた。

バルセロナでの上演は演奏会形式だったが、第1幕で舞台横の客席に姿を表しただけで劇場の空気が即座に変わる存在感、2幕の高い音が続くソロ「この宮殿の中で」、その後のカラフ役のサイモン・オニールとの3点ツェーのユニゾンも楽に歌い、またカラフを刻一刻と追い込んでいく「謎かけのシーン」の緊迫感、3幕のフィナーレでは一転、輝きに満ちた「この人の名前は愛!」など様々な難所を、現代を代表するトゥーランドット歌いの貫禄で見事に歌い切った。

大野も公演後「彼女のあの3点ツェーは本当のトゥーランドット歌いでなければ持っていない声なんですよ。彼女はまだまだ、それを出すことができる。キャスティングして大正解だったと思います」と絶賛した。

(写真左)リュー役:砂川涼子 (写真右)トゥーランドット役:ジェニファー・ウィルソン ©堀田力丸

 

別組のイレーネ・テオリンとともに、できれば両公演を聴いてみたくなる配役を備えているのも「オペラ夏の祭典2019-20 Japan↔Tokyo↔World」の魅力だろう。

(音楽ジャーナリスト 平末広)

 

 

オペラ夏の祭典2019-20 Japan↔Tokyo↔World『トゥーランドット』公演の詳しい情報はこちら

 

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