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オペラ夏の祭典2019-20 Japan-Tokyo-World

『トゥーランドット』を紐解く ―大野和士とアレックス・オリエによる新制作の真髄

◆東京文化会館での開幕を目前に控える、オペラ夏の祭典2019-20 Japan↔Tokyo↔World『トゥーランドット』。

2020年に向けて、日本オペラ界が総力を結集し新制作する本作が、一体どのようにスペシャルなのか。

海外で既に何度か実現している大野和士とアレックス・オリエのコンビによるオペラ公演。それを実際に現地で体験している数少ない日本人音楽ジャーナリストの一人でもある平末広氏に、演出面から今回のプロジェクトを紐解いてもらいました。

 

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◎世界の名だたる劇場人たちと渡り歩いてきた大野和士が満を持して世界の音楽都市「東京」でその真価を問う「トゥーランドット」

 

2020年のオリンピック・パラリンピック開催を見据えた国際的なオペラ・プロジェクト「オペラ夏の祭典2019-20 Japan↔Tokyo↔World」の第1回の公演「トゥーランドット」がいよいよ7月12日に東京文化会館でプレミエを迎える。

ベルギーのモネ劇場の音楽監督、フランスのリヨン国立歌劇場の首席指揮者、エクサン・プロヴァンス音楽祭に常連で出演した経験を持つ大野和士は、指揮者としての音楽面の充実を図り、ベルナール・フォックロール(元・モネ劇場インテンダント、前エクサン・プロヴァンス音楽祭総監督)、セルジュ・ドルニ(リヨン国立歌劇場総裁、次期バイエルン州立歌劇場総裁)、ステファン・リスナー(パリ・オペラ座総裁、前ミラノ・スカラ座総裁、元エクサン・プロヴァンス音楽祭総監督)など錚々たる顔ぶれの劇場人との共同作業の中で、オペラ作りの最前線で活躍してきた。

大野の指揮するオペラでは、演出家もデイヴィッド・マクヴィカー、ヤン・ファーヴル、ギー・カシアス(振り付けで、シディ・ラルビ・シェルカウイ参加)、ペーター・シュタイン、リュック・ボンディ、クシシュトフ・ワルリコフスキ、ディミトリ・チェルニアコフ、ヤニス・ココス、ロラン・ペリー、ロメオ・カステリッチ、ロベール・ルパージュ、アンドレアス・ホモキ、笈田ヨシなど、思いつくままに挙げても、いずれもが世界の最前線にいる、つまり現在のオペラ文化を作ってきた顔ぶれがずらりと並ぶ。これだけの演出家と仕事をした指揮者は世界的にもそうはいないと思われる。

『トゥーランドット』リハーサル オーケストラピットの大野和士 ©堀田力丸

 

 

◎鬼才演出家集団「ラ・フーラ・デルス・バウス」の芸術監督オリエが演出

―バルセロナ五輪開会式の伝説の演出や「さまよえるオランダ人」の鮮烈な映像が話題

 

その中から大野が今回のプロジェクトで選んだのが、スペインの先鋭演出家集団「ラ・フーラ・デルス・バウス」芸術監督のアレックス・オリエだ。

「ラ・フーラ・デルス・バウス」は、1979年に街頭演劇からスタートし、バルセロナにあるカタルーニャ州を本拠地として活動。

彼らの名前が一躍世界的に知られるようになったのが、92年のバルセロナオリンピックの開会式の演出だった。パラリンピック参加のアーチェリー選手が、火の矢で聖火台に点火するという誰も思いつかなかった驚きの演出は、ガウディやピカソ、ダリなどの鬼才を生んだカタルーニャの想像力が産んだ発想力と評価され、伝説に残るシーンとなっている。

また、この開会式では、ホセ・カレーラス、モンセラート・カバリエといった地元バルセロナ出身、そしてスペイン出身のプラシド・ドミンゴ、テレサ・ベルガンサらに加えて、アルフレード・クラウス、アグネス・バルツァなど、世界最高の歌手の共演、さらに坂本龍一にマスゲームの管弦楽作品を委嘱、指揮させるなど音楽的にもオリンピック史上類を見ない開会式となった。

他方、制作に関わった映画「ゴヤ」では、撮影スタジオの中で描かれたような背景を巧みに使い、スペインの真実に迫って行く手腕や、映画「パフューム ある人殺しの物語」での、香りによって多くの人々が魅了され昏倒する場面の演出なども話題となった。

そして、現在に続くオペラの世界でセンセーショナルな成功を収めたのが、1999年のザルツブルク音楽祭でのベルリオーズ「ファウストの劫罰」だ。斬新な映像を使った演出が話題となった。以降も、2003年のルール・トリエンナーレでの「魔笛」の冒頭でタミーノを襲う映像による大蛇が、3人の侍女に退治されると、その体は「不安」、「恐怖」などの文字となって空間に消えて行く=タミーノの心象風景が大蛇を形作っている=映像のみで可能な鮮やかな幕開きを演出した。

また2007年のスペイン・バレンシアでのアクロバティックな人間の集団の動きが話題になった「ニーベルングの指環」、3Dを取り入れたバイエルン州立歌劇場の「トゥーランドット」など、演出する作品全てが話題となる希少演出家グループとなった。

日本でも過去には愛知万博やサントリーホール・サマー・フェスティバル、2008年のパリ・オペラ座来日公演でバルトーク「青ひげ公の城」、ヤナーチェク「消えた男の日記」の斬新な色彩感溢れた舞台で衝撃を与えた。

オリエは、この集団の中でカルルス・パドリッサとともに指導的な役割を担っているが、その演出で衝撃を受けたのは、大野和士指揮、リヨン国立歌劇場で演出した2本の舞台だった。

シェーンベルクの「期待」での主人公の心情を千変万化するテキストと歌を反映させた映像を駆使して表現した舞台。そしてワーグナーの「さまよえるオランダ人」では、冒頭で舞台に荒れ狂う海が現れ、聴衆は映像だとわかってはいても、圧倒的な臨場感の世界に引き込まれ、シーンが変わると客席から緊張から解放された溜息が出るといった、これまで体験したことのない舞台を味わった。

大野との関係は、演出と音楽のコンビネーションの良さからもお互いに絶大な信頼をおいていることも感じられた。今回の公演もそういった信頼からオリエとの共同作業になったと思われる。

『トゥーランドット』リハーサル 大野和士とアレックス・オリエ ©堀田力丸

 

 

◎プッチーニは「ビートルズのようなヒット曲を作る作曲家」

――「溢れ出る気持ちを音楽化しながらドラマ性も備えた魅力的な音楽」

 

先日行われたリハーサル初日の、総合プロデューサーの挨拶でも大野は「(私も)彼との共同作業に心踊らされ熱狂した一人です。彼の芸術の強みは、第一に巨大でモニュメンタルな舞台を創り上げ、非常にドラマティックなスペクタクルを見せること。第二に人間の繊細な内面を表現することだと思います。この二点から「トゥーランドット」こそ彼のオペラだと思ったのです」と話し、コインの表裏のようなトゥーランドットとリューという2人の対照的な女性キャラクターの内面に光を当てる演出に期待する。

その期待を担ったオリエは、プッチーニについて「彼の作品を演出するのは、3本目となります。シドニーで「蝶々夫人」、トリノのレッジョ劇場で「ラ・ボエーム」を演出しました。まるでビートルズと仕事をしているような感覚にとらわれるほどヒット曲を作る作曲家で、溢れ出る気持ちを音楽にすることができ、同時にドラマ性も含んでいてすごく魅力を感じています。ストラヴィンスキーなどにとても近いと思っています」とその魅力を語る。

 

 

◎「トゥーランドット」はファンタジーで現実にはないペルシャのポエム

――作品のテーマは「権力」と「トラウマ」2つのテーマに貫かれている

 

演出をするに当たってオリエは「この作品はファンタジーで現実にはない世界、ペルシャのポエムのようなものです。この作品には2つのテーマがあります。一つは権力、社会階層のヒエラルキーがあり、そこにある『権力』の重みを描きたい」「もう一つはトラウマです。先祖の中に、男性に虐待を受けた女性がいることが代々伝わってトゥーランドットのトラウマになり、男性を憎み結婚をしたくないことから皇子たちへの問いかけをするのです。今回は、作品の冒頭で音楽がなる前に祖母と小さい女の子による、ここからトラウマが始まったのだというプロローグを入れるつもりです」と語る。

さらにカラフにもその要素が見られるという。「トラウマを抱えているのはカラフも同じで、父親が国王だったのに、今では貧乏で何もなくなり放浪しています。それがゆえに初めてトゥーランドットを見たときに彼女のパワー=権力に惹かれたのではないか。ペルシャの王子の首をはねる時の5秒ぐらいしか会っていないのに、好きになることはないと思います。むしろ自分が以前持っていた権力に対するノスタルジーを彼女の中に見出しているのではないでしょうか」と2人の共通点も見出していく。

 

 

◎権力の象徴を表現したものとしてピラミッドのイメージの舞台装置

――サルガドの写真やブレードランナーのイメージにも影響を受ける

 

そのコンセプトに基づいた舞台装置について「権力を一番表したものとして、最初に思いついたのがピラミッドでした。権力を持った人が上に立っているというイメージで、マヤ文明にも同じような神殿があります。実際の装置は逆ピラミッド型で、上下を繋ぐ無数の階段があります。そのイメージは、井戸、金鉱、あるいはブラジルの写真家セバスティアン・サルガドが撮ったブラジルの炭鉱の写真や映画「ブレードランナー」にもインスパイアされたものです」

アレックス・オリエによる演出コンセプト説明

 

舞台装置と並んで、衣裳もユニークなものになるという。

「権力を持っている人は白い衣裳を着ています。そして、この作品で重要な役割を果たす「ピン」、「パン」、「ポン」という3人の役人は、それぞれの幕で衣裳を変えて登場します。昔の中国の衣裳と今のモダンなものを組み合わせたものや、ベトナムやタイなどアジア風のもの、難民のイメージを持っているもの、そして中にはウルトラマンから影響を受けているものなど多様な衣裳が見られます」

リハーサル会場で掲出していた衣裳イメージ ©堀田力丸

 

 

◎過去のトラウマと戦う2人にハッピーエンドの結末はない

――これまでの「トゥーランドット」の常識を変える衝撃のラスト

 

「もう一つのポイントは、結末をどう描くかということ。と言いますのは、この作品を完成することなく、プッチーニは亡くなったのです。『リューの死』までを彼は書いたのです。それまでのプッチーニの作品、『ラ・ボエーム』、『蝶々夫人』『トスカ』など結末は悲劇が多く、『トゥーランドット』はハッピーエンドですが、そこに疑問が湧きます。

トゥーランドットは王子たちを次々に処刑して、リューも自害に追い込んだ。このような女性が愛を受け入れることができるのか。そしてカラフも、トゥーランドットへの愛ではなく権力に目を奪われている。そんな過去のトラウマと戦う2人が一緒になって、幸せに暮らすという結末は考えられないと思うんです。私はハッピーエンドに終わるとは思っていません。」

結末、セット、衣裳、そして登場人物の内面をどのように描くのか。オリエの「トゥーランドット」は、まさに日本ではこれまでに体験したことのない演出になるようで、その未知の舞台に期待が高まる。

(音楽ジャーナリスト 平末広)

 

 

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