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オペラ夏の祭典2019-20 Japan-Tokyo-World

『ニュルンベルクのマイスタージンガー』アドリアン・エレート インタビュー

アドリアン・エレート(ベックメッサー役) インタビュー
ー深い洞察による役作り 観客の心に響く演技をー

 

バロック音楽から現代音楽まで幅広いレパートリーを持ち、世界中の歌劇場から引く手数多のバリトン歌手、アドリアン・エレートさん。
この夏、ついに東京文化会館で上演されるワーグナーの『ニュルンベルクのマイスタージンガー』で当たり役としても知られるベックメッサーを演じる。
多くのファンの期待を集める役柄への思いと、今回の演出の魅力について伺った。
【2021年7月8日 朝日新聞夕刊東京本社版 広告特集「ネクストステージ」インタビューより転載】

 

アドリアン・エレート ©Nikolaus Karlinský

ベックメッサーは悪人ではない

 2009年のバイロイト音楽祭以来、ベックメッサー役で高い評価を得るエレートさん。「この役を歌うのはとても好きです」と、柔和な笑顔で語る。しかしベックメッサーと言えば、ワーグナー唯一の喜劇作品で道化役ともなる悪役。この滑稽な人物をどのように演じるのかを問いかけると、思いがけない言葉が返ってきた。
 「私は彼を悪人だとは思っていません。ただ、登場人物の中で最も生真面目な人物なのです。大切なことは、彼はマイスタージンガー(職匠歌人)であり、かつ歌の判定者として皆から尊敬されているという前提です。ところが物語が進むにつれて事態が変わり、自信を失い、懐疑的になっていく。心が乱れる中で、数々の間違いを犯してしまいます。その様子が観る人の目にコミカルに映り、笑いを誘うのですが、彼は自分を笑うことができません。それこそが彼の問題だったと言えるでしょう」
 コミカルに、カリカチュア的に表現されることが多いベックメッサーだが、エレートさんはそのような解釈はしていない。ではなぜ、「教養高く尊敬されていた」はずの人物が、身を持ち崩していくのだろう。
 「恋をしてしまったからです。彼は女性と付き合うことがなかったのでしょう。独り身のまま年を取る中でエーファに恋をし、歌合戦により結婚のチャンスが与えられたがために、いつもの彼であればしないであろうことをしてしまう。ライバルとなる若者ヴァルターが現れ、客観的に芸術を判断できなくなり、高まる緊張感から次々と間違いを重ねてしまいます。私が思うに彼が犯した最大のミスは、自信を失ったために他人の詩を受け入れ、それをなんとかして歌おうとしてしまったこと。その結果ひどい結末を招くのです」
 これまでにもベックメッサー役には様々な解釈が与えられてきたが、エレートさんはこの人物像に新たな光を当てる。「彼は悪人ではなく、恋に目が眩んでしまった」と聞けば、同情すら覚える。人間心理への深い洞察と情けが、エレートさんの演技力を支え、観客の心を動かすのだ。
 最後のシーンも興味深い。ワーグナー自身が書いた台本では舞台を去るが、今回の演出では残るのだという。「彼は自分のひどい歌の後に、恋敵ヴァルターの歌を聴かなくてはなりません。そしてこの若者の歌は確かに素晴らしい、こうして歌えば良いのだと、古い型に捉われない新たな風の到来を受け止めていきます。そうした心の変化を皆様にお伝えできたら嬉しいです」

 

ザルツブルク・イースター音楽祭公演より ©OFS/Monika Rittershaus
ザクセン州立歌劇場公演より ©Semperoper Dresden/Ludwig Olah

普遍的な人間性を伝えるオペラ

 エレートさんは、今回の公演の国際共同制作先で東京に先駆けて上演されたザルツブルクとドレスデンでの公演に出演した今回唯一のキャスト。物語の舞台を中世から現代の劇場へと移して展開する斬新な演出は、5時間半にわたる大作を飽きさせることなく魅せると評判だ。
 「現実と舞台が交差する素晴らしい演出です。例えば私は2幕でリュートを弾きながらセレナーデを歌いますが、そのシーンでは現代の衣裳を脱ぎ捨て、中世の衣裳を着て歌います」。想像するだけで楽しみだが、そこには時代を超えた人間ドラマの普遍性が示唆されている。
 「ベックメッサーのように因習に囚われる人物は今日も存在します。一方、主人公のザックスは年老いて恋を諦め、恋のみならず芸術においても、若い人や次の世代に席を譲ります。そうした次への橋渡しをしていく際に現れる人間性は普遍的なもので、いつの時代にも伝えていくことができます。それこそがこの作品のテーマでもあるのです」
 エレートさんは現在、教えることにも力を注ぐ。「私のような50代は、現役で舞台に立ちながら、後進に経験を受け渡していけるので、長く両立していきたいと思います」。その言葉はあたかも、本作品のテーマと繋がるようだ。
 音楽一家に生まれ、子どもの頃から何よりも舞台に立つことが好きだったというエレートさん。本公演でもハイバリトンの艶やかな歌声を響かせ、豊かな表現力で絶妙な存在感を発揮してくれることだろう。

 
 

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