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オペラ夏の祭典2019-20 Japan-Tokyo-World

『ニュルンベルクのマイスタージンガー』林正子 インタビュー

林正子(エーファ役) インタビュー
ー時代も、洋の東西も超えた普遍的なメッセージを届けたいー

 

約5時間半もの上演時間を要するワーグナーの超大作「ニュルンベルクのマイスタージンガー」が東京で上演される。
大胆な新演出は、先行上演されたザルツブルクでも新鮮な驚きをもって迎えられた。
「オペラ初心者の方にも、絶対に楽しんでいただける自信があります」
エーファ役に挑む林正子さんが、本作にかける思いとは。
【2020年2月12日 朝日新聞夕刊東京本社版 広告特集「ネクストステージ」インタビューより一部改稿】

 

林正子 ©YOSHIMURA

あの名作オペラが新演出でついに東京へ

 たとえ、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」という作品名になじみがなくとも、冒頭のあの壮麗な音楽はきっと誰もが耳にしたことがあるはずだ。
 150年以上にわたって世界中で愛されてきた本作は、中世ドイツの歌合戦を描いた活力あふれる人間ドラマ。「自分の結婚相手が街の歌合戦で決められるなんて、私なら絶対断りますけど」と笑わせつつ、林正子さんが教えてくれた本作の魅力は、「ユーモラスな恋物語を装いながら、実は深いテーマがいくつも隠されていること」。
 「例えば、互いに一目惚れした娘エーファと騎士ヴァルターが共に、その愛を喜びではなく、自由を奪う苦悩の始まりであると感じていることは、興味深いところだと思いませんか」
 また、マイスタージンガー(職人の親方兼歌手)たちが繰り広げる論争には、音楽界に革新を求め続けたワーグナー自身の芸術観も投影されていると言われている。
 「この作品と相対していると、ワーグナーという作曲家の見方が変わります。様々な逸話に伝わる傲慢さはかけらも感じられない。ただひたすら人間を愛し、芸術を愛した、正直に生きた人物なのだと思えてきます。劇中、自由な精神と才能の持ち主が、因習のもとで挫折し、偉大な芸術家の力を借りて成長していくというくだりにも、芸術と芸術家に対するリスペクトが感じられます」
 東京文化会館、新国立劇場、ザルツブルク・イースター音楽祭、ザクセン州立歌劇場による国際共同制作版。中世から今日の歌劇場へと舞台を移し、「劇中劇」と「現実」のストーリーが2層構造で展開する大胆な演出も話題を集める。
 「この作品が持つ普遍的なメッセージを、いまを生きる聴衆の皆様にどう伝えるか、いかに共感いただけるものにするか。新たな挑戦が楽しみです。日本でオペラというと、かしこまった教養のように捉えられがちですが、もっと生活に根ざしたものであってほしい。いまは字幕も出るので予備知識がなくても大丈夫。何より、初めてお越しになる方は、オーケストラと歌手の肉声が作り出す立体的な響きに、必ずや圧倒されることと思います。おなじみの心地よい旋律に身を委ね、ほかでは味わえない贅沢な時間を堪能していただきたいですね」

 

つらい別れも悔しさも〝引き出し〞の中に

 小学生の頃、音楽の先生に「いい声だね」と褒められたことが心底うれしかったという。家のラジオで何げなく聞いていたクラシックに親しむうち、「マーラーの交響曲4番や8番の美しいソプラノが好きになって、次第にオペラへと興味が移っていきました」。「どんな習い事も続かないタイプ」だったのに、歌のレッスンだけは飽きなかった。厳格な父の反対を押し切って東京藝術大学へ進学、オペラ歌手への道を歩き出した。ジュネーブを拠点に活躍するいま、日本を代表する名ソプラノとして圧倒的な存在感を放つ。
 順風満帆に見えるキャリアの陰にはしかし、母の交通事故、海外での露骨なアジア人差別、父の看病といったいくつもの試練があったと明かす。「人生、色々あります。でも、悲しみも悔しさももちろん喜びも、全部心に刻みつけて生きてきました。だからどんな役を演じるときも、ねえ、あの時私はどんな気持ちだった?と、いろんな感情の〝引き出し〞を開けてヒントにするんです」。偽らざる生身の感情が込められた歌声は、作り物ではないからこそ聴く者の胸を打つ。
 いま、目指す高みとは。「最近、ヨーロッパの人が当たり前に備えている宗教観や価値観が自分にないことは、むしろ強みだと思えるようになりました。既存の慣習にとらわれずに楽譜を読み解いた結果、『そうか、そういう解釈もあったか』と思ってもらえたら光栄ですよね。だから毎日のようにピアノの前でウンウン悩んで、演出家や指揮者と話し合って……。挑戦はこれからも続きます。従順な日本人のイメージを覆す変わった女が一人くらいいてもいいでしょう(笑)?」
 知的かつ豪胆、繊細でいてたくましい。美しい野心を秘めたプリマドンナが、どんな新たなマイスタージンガーを見せてくれるのか、待ち遠しい。

 
 

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